今を精一杯

出勤前にコーヒーを買いに入ったコンビニでふと目についた雑誌表紙に、50代は生活スタイルが変わる時...というような言葉が書いてありました。

本当にそう。

再会した時に、まだ小さかった子供たちも今年の春、進学の為家から巣立っていきました。


子供達のことに限らず家庭内の色々なこと、本当に沢山、彼には相談してきましたし、聞いてもらいました。

時に主人のことに関しては、彼はいつも絶句していた

どれだけ彼の存在が私にとって大きな支えであったか...


結婚を互いにしてからは、会うことはなくてもずっと友人でしたし、

お目にかかった事はないけれども、どちらの家族も存在は知っていましたから、

フィジカルな関係が無ければ良かったのかなと思うことも多々ありました。


でも、もうそうなることは自然であり

ました。






先日彼が私の暮らす街へ逢いに来てくれました。

5ヶ月ぶりに逢う彼。

緊張のあまり、会った瞬間から立ってもいられない相変わらず手のかかる私を、慣れたもので容易くリラックスさせてくれる彼。


大好きと言ったら、俺もだよとすぐ返してくれる彼。


沢山抱きしめあって、見つめあって、

とても幸せな時間。


彼の前だと自分をさらけ出せて、きっと私は穏やかで優しい顔をしているはず。


彼は、逢瀬を非現実の時間と言うけれども、私は生きていく為に必要な時間でした。






でも一方彼は家庭もとても大事にしている。


その姿に何度も何度も心折れ、もうやめよう離れようと、自暴自棄になったこともありましたし、お酒ばかり飲んだ時期もありました。


けれども互いの立ち位置は重々分かって始まった...この恋。


それでも気持ちは揺れて、想いは溢れて...


分かっているようで、自分のこと、自分でも分からない時があります。


私は何がしたいのか

私の本当の気持ちは?


快楽が欲しい訳でも楽しみたい訳でもなく、それは後からついてき


日頃からなんとなく感じている繊細な感覚、もやもやっとくすぶり、時に自分から目を背けた自分のコアの曖昧模糊な感情...






彼の乗った飛行機が着くのを待つ時間、デパ地下で少し買いすぎたお惣菜やお弁当があれよあれよと彼の胃袋を満たす頃、彼がボソっと言った。


「いつかは逢えなくなる。

何かあった時のための連絡手段を考えないとね。

そもそも何かあったかどうかも(遠いと)わからない、知る術がない。

さとはどこのお墓に入るの?

さとが死んだら、さとの灰が欲しいな。

無理だよね。」



さと苦笑。


まだまだずっと先の話だけれど、彼が私より先に逝くことがあったら、ちゃんと手を合わせに行くからね。

(彼のいずれ入るであろうお墓はここ数年何度も写真を見せられて、位置も把握している)



さと「お互いに長生きしようね。」





今を精一杯生きよう


誰も傷つけることのないように、ひっそりと静かに...